オーストラリアで愛される、放浪者が自殺する歌

日本で「さくらさくら」が愛されるように、オーストラリアで広く愛されている「ワルツィング・マチルダ(Waltzing Matilda)」。パブでビールを飲みながら、この歌を一緒に歌えば誰でも仲間になれるという魔力を発揮することもある歌です。この歌は、1977年にオーストラリアの国歌を決めるときの国民投票で第2位となり、オーストラリア第2の国歌とも呼ばれています(1位は現在の国歌、Advance Australia Fair 。それまではGod Save the Queenを歌っていました。)。

しかし、歌詞の内容だけ見ると、この歌のどこに愛される要素があるのか分かりません。オーストラリアの沼地(ビラボン)で野宿していた陽気なスワッグマンが、たまたま近寄ってきた羊を捕まえ食料にしたところ、警察と羊の持ち主に追いかけられ、沼に飛び込んで死んだという話なのです。 

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Elderly swagman (Public domain)

スワッグマンとは、農場や牧場を徒歩で渡り歩きながら日雇いの仕事をする放浪者のこと。不況が続いた1890年代と1930年代にたくさんいたそうです。スワッグマンの「スワッグ」とは荷物入れ兼寝袋。放浪者はみんなこのスワッグを背負って歩き、適当な場所で野宿していたことから、スワッグマンと呼ばれるようになりました。

 そして「ワルツィング・マチルダ」のワルツィング(Waltzing)とは、ワルツを踊るという意味ではありません。このワルツィングは、ドイツ語の(auf der Walz)を起源とするスラングで、徒歩で放浪するという意味です。さらに、マチルダ(Matilda)もスラングで、スワッグのことを指しています。寂しい一人寝を続ける中で、スワッグにマチルダという女性の名前をつけるところを想像してください。そうです妄想嫁です。

 すなわち「ワルツィング・マチルダ」とは、「嫁代わりの寝袋を背負って、俺と放浪しようぜ!」という歌なのです。なぜこんな歌が、第2の国歌と呼ばれるほど愛されているのか不思議になりませんか?

 

「ワルツィング・マチルダ」が愛される理由

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歌詞の内容とは裏腹に、みんなで声を揃えて歌うのにぴったりな明るい曲調。調子のいい言葉の並び、鼻歌を歌いやすいメロディー。そんなところも愛される理由だと思います。たとえ意味がわからなくてもサビの部分を歌いやすいですよね。

 

そして、羊の飼い主と警察に追われたスワッグマンの顛末:

 スワッグマンはジャンプしてビラボンに飛び込んだ
「生きたままで捕まるものか」そう奴は言ったのさ
ビラボンの近くを通れば、奴の幽霊がこう言うかもしれない
「マチルダを背負って、俺と放浪しようぜ」

 権力に服従することなく自分の運命を自分で決めたスワッグマン。悲劇ではありますが、オーストラリアの人たちは、ここに自分たちのルーツや、開拓時代の精神を感じるのかもしれません。

 

作詞は10ドル紙幣のバンジョー・パターソン

ジャーナリストで詩人のバンジョー・パターソンが、「ワルツィング・マチルダ」を作詞したのが1895年。ちょうど不況が続きスワッグマンが増えた時期と重なります。その後、1903年にビリー・ティー(Billy Tea)のコマーシャルソングとして編曲されたものが、全国的に広まりました。パターソンの肖像画はオーストラリアの10ドル紙幣に印刷されています。

 

ラグビーファンは「ワルツィング・マチルダ」が好き

ラグビーオーストラリア代表チームのワラビーズは、かつて試合が始まる前に「ワルツィング・マチルダ」を歌っていました。しかし、2003年のラグビーワールドカップで禁止に。「ニュージーランド代表のオールブラックスは、ハカを許されるのになぜ...」というブーイングもありましたが、国歌以外の歌を歌わないようにという大会側の方針を変えることはできませんでした。

その後、別の大会では「ワルツィング・マチルダ」を歌っているのを見たような気がしますが(ラグビーに詳しくない、にわかですみません)、今回のラグビーワールドカップ日本大会でも公式には歌われないはずです。 でもきっと、オージーの応援団がいれば、会場の周りのどこかで歌い出すような気がします。もし目撃したら、一緒に歌ってあげてください。